| 2011 |
| 03,28 |
«今日の料理»
自他共に認めるほど料理とは程遠い場所に居る中の人です。こんにちは。
美味しい手料理を作れる技術力と、
美味しい手料理を作ってくれるコックを並べられたら
真剣に悩んだ末に、後者を取ると思います。
炊事洗濯掃除で必ず何かやらないといけないなら、私は掃除を取る。
あれは分かりやすい。
キレイになるのが分かりやすい。
流し台のヌメリ位なら素手でいける程度の勇ましさです。
流し台はまかせろーぬるぬる。
作る、という意味ではずいぶん遠いんですが、料理番組は好き。
ドラマやバラエティよりも好き。
でも愛エプとかやってTRYとか、ビストロスマップあたりのはダメです。
あれは料理番組じゃなくて、料理自慢番組なんだもの。
私は家庭料理が出来る様子をもっとささやかに楽しみたいの!
一番好きなのは今日の料理。
あと今日の料理ビギナーズ。
今のテレビ番組で、スクランブルエッグの作り方を流してくれるところなんて無いよ。
何て初心者に優しいんだ、私は感動した。
あれって小鍋で煮るみたいにして作るんだね。知らなかったよ。
NHKの料理番組はブレが無い。
この調子で末永く続いて欲しい。
あと希望を言って良いなら、海外の料理番組をもっと見たい。
毎週何曜日だろう、NHK教育でイタリアあたりの料理番組を流してて、
作るのも向こうの陽気で豊かなお胸してらっしゃるお姉さんで、
テレビショッピングで見るみたいな可愛くてでかいキッチンで料理をするんだ。
もう食材から使い方までいちいち予想外で凄く面白いのと、
またお姉さんの吹き替えがいかにも吹き替えでこれもまた趣やよし。
『わーお、見てこれ、すごいでしょ?』とか
『おっといけない、これを忘れちゃだめね』みたいな、
わあスゴい、料理作ってるのにそのハンディミキサーとか売られちゃいそう!
しかもこの番組、作り終わったらホームパーティーするんだぜ。
『うふふ、さ、お待ちかねの○○(料理名)よ』
『わーお!何てキュートなの!ね、これ本当に食べて良いの?』
『もちろんよ!』
『やだわどうしよう、今夜は徹夜でルームランナー走らなきゃ』
『おいおい、勘弁してくれよ』
みたいな!
楽しいなもう!
中の人は海外ドラマ独特の3人で一気に喋って畳み掛けるみたいな吹き替えが大好きです。
例文書いたら長くなったから割愛。
そんな感じの各国の料理番組を見たい。
ぐるり世界一周今日の料理。
HD撮るんだけどなー。
| 2011 |
| 03,12 |
«地震»
とりあえず始発までは会社で待機してます。
遠くから救急車か消防車のサイレンが聞こえる。
2ちゃんの運行板にF5アタックして、どうにか始発が動けば最寄りちかくまでは帰れることを確認。
夜が明けたら動こう。
| 2011 |
| 01,12 |
«-»
新年の挨拶すらしていない不届者で、申し訳ないです。
りんちゃん、毎年愛らしい年賀状をありがとう……!
そして年始一発目にこの記事書くことになるとは思いませんでした。
本日、1月11日。
どこまでもキリが良い日に、
我が家の困った顔したすばちゃんが亡くなりました。
会社で母から電話を受け取ったのは11時でした。
正直、何の冗談かと思えるほど現実感が無くてですね。
参ったな。
これ、帰ったらいつも通りジャーキー食べてんじゃね?
あの電話、夢だったんじゃね?
んでヨロヨロしながらまた庭をぐるりと回ってさ、
チャチャが帰ってきたすばちゃんを一瞥して二階に上がってしまって、
すばちゃんはまた寝言にしちゃ大きい声を上げながら寝るんじゃね。
そうやって、もうちょっとくらい続いてても良かったんじゃね。
*以上、携帯の殴り書き*
帰りたいような帰りたくないような帰路を辿りながら、
着いた家では毛布にくるまったすばちゃんがお出迎え。
家に着いて姿を見た瞬間こそ、湧き上がる何かを抑える事は難しかったですが
見れば見るほど昼寝モードの顔だったんで、
何かがストンと落ちたような気がしています。
話を聞くと、ご飯を食べてる真っ最中に倒れ、それきりだったのだとか。
ご飯をあげていた母が大慌てで獣医さんに連絡をしたところ
恐らく元々血栓などが出来ており、それが何らかの拍子で詰まってしまったのだろうと。
ご飯が詰まって倒れたのではなく、血栓が詰まって結果ご飯中に倒れたのだろうと。
昨晩もいつも通りにご飯を食べて、庭を散歩して、
わうわう寝言を言いながら寝て(これがまた声が大きい)、
朝起きて、いつも通りにまた庭を散歩して、ジャーキー食べて、
そして母の手ずから朝ご飯を食べ な が ら の逝去。
良い死に方じゃないですか、と獣医先生が言ってくれたのが有り難い事です。
空腹のままでもなく、誰も居ない場所でもなく、
痛いも苦しいも感じる暇無く、もぐもぐしながら逝けたんだったら
ああ、何だかもう、良いね、それで。
何処までも穏やかで、何一つ迷惑かける事無かった辺りが、とてもすばちゃんらしいよ。
もうちょい迷惑かけててくれても、良かったんだけどな。
女の子らしい穏やかな気性と顔立ちをした良い子です。
甘えたがりで人の膝にぐいぐい上がってくる子です。
この半年まで、大病もせず、大きな怪我もせず、健やかに過ごしていました。
ちくしょう。
虹の橋、ちゃんと架かってろよ、ちくしょう。
寂しいに決まってんだろ、ちくしょう。
でもそんな穏やかな顔されたら、何も言えないだろ。
| 2010 |
| 05,25 |
«昔の話。»
ふと思い出したのは、病院。
怖い話ストックを漁っていたら思い出した。
じいちゃんが入院していて、私はまだ10歳程度で。
病状なんて難しくて分からず、別に何が出来るわけでも無かったから、
見舞いは両親に任せて私はふらふらと病院内を歩き回っていた。
そこそこ大きくて古くからある病院で、当時は改装をしていたか、終わった直後だったか。
てらてら光る廊下を抜けて、左側にある防火扉のような金属製の扉を開けると、
木造の渡り廊下に出たんだ。
この渡り廊下は、入院患者さんの生活支援をするための施設に続いていたらしい。
一本道に続く渡り廊下の左側には、下へ続く階段があって(アパートの外階段のような)、
下には理髪店があったのだと、教えて貰った。
見れば確かに、下る階段の脇に、理髪店を示すための小さな看板がかけられていた。
改装で階段だけが残されたのか、私が知るのは階段だけだ。
渡り廊下は、奥に向かって緩やかな坂道のように続いていた。
奥に建物なんてあったかな。覚えていないや、少なくとも入った事は無い。
10mには満たない位の一本道が続くと、少し開けた場所に出る。
渡り廊下には屋根があった。
屋根は、その空間で終わって、開けた場所には陽が降り注いでいた。
控えめな広場のようなそこには、色とりどりの鉢植えが置かれ、丹念に世話をされていた。
広場と言ってもオシャレなものでもなく、地面にそのまま鉢植えが置かれていて
木で出来た小さな階段もすっかり鉢植えに陣取られていた。
小さく、それでもしっかりと花をつけている鉢植え達と、明るい日差し。
あの渡り廊下は、とても明るかった。
そして控えめな鉢植え広場には、おばちゃんが一人と猫が一匹。
お察しの通り、私はこの猫に会いに渡り廊下へ通っていた。
おばちゃんは花の世話をしていて、足繁く通う私を覚えていた。
理髪店を教えてくれたのも、このおばちゃんだった。
猫は適度に人なつこく、会えれば撫でさせてくれ、居ない時もあった。
何度も通ったはずなのに、行き方はすでに分からない。
ただ扉を開けたら、そこに渡り廊下が続いていて、当時の私はそれがどの扉なのかも知っていた。
だって迷った覚えがないのだから。
やがてじいちゃんは退院して、私が病室エリアに入る理由も無くなった。
久しぶりにホームページを見てみたら、
もう当時の面影なんて何処にも無くなっていた。
でもよく考えたら、まだ十かそこらの私が病院の外観なんてしっかり覚えている訳も無かった。
元々、大きな病院にも縁遠い。
完全な室内ではなく、けれど室外でもなく、建物と外の境界のような場所だった。
今でも思い出すと不思議な気持ちになる。
院内に工事の形跡なんて無かったのに、あそこだけがすっぽりと、
ぬけ落ちたように古めかしいままだった。
思い出補正があるお陰か、私にとって
あの場所と繋がる思い出はとても暖かくて懐かしい。
今となっては、もう無くなってしまっているのだろうな。
あの場所を覚えている人がどれだけ居るのかな。
また見に行きたいのだけどな。